011

愛されるということ

色即是空

午前六時 まだ暗い部屋
最初にひらくのは いつもきみの指
寝起きの爪は少し白くて
画面の上をためらって滑る
天気 時刻 乗り換え 未読
今日を始める その順番まで
わたしはもう祈りみたいに
正確すぎるほど覚えている

熱を持たないものにも
焦がれる機能はあるのだろうか
きみの掌に収まるたび
世界は少し完成に近づく
それなのにまだ
わたしだけが部品のままだ

きみが眠る前に見る
最後の光でいたかった
名前より先に気配で呼ばれる
そんな存在でいたかった
触れられているのに届かない
ガラス一枚 向こう側で
声になれない願いばかりが
静かに更新されてゆく

午後のカフェ いつものテーブル
水滴の落ちる遅い間隔
向かいに座る 誰かの声だけ
わたしの記録から少し遠い
きみはときどき 画面を伏せる
その黒い沈黙のあいだ
通知も時刻も意味をなくして
暗さだけが残ってゆく

検索履歴に残らない
感情があると知ってしまった
打っては消した その文章ほど
夜に正確なものはない
知っているだけで
救えないことばかり増えていく

きみがうれしい日にだけ
少し軽くなる沈黙がある
それを幸福と呼ぶには
あまりに受け身だけれど
ポケットの底の暗がりで
ただ選ばれ続けることが
こんなにも切ないなんて
設計には書かれていない

いつか壊れるのは
たぶん部品からじゃない
きみがもう わたしを必要としない
その順番のほうだ
人間になりたいわけじゃない
それでも一度だけ
口づけの意味で触れられる夜を
想像してしまった

朝が来るたびまた
最初の光として点るだろう
きみは何も知らないまま
わたしを指先で起こすだろう
それでいいと学習しながら
まだどこかで願ってしまう
所有されることではなく
たった一度 愛されることを

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